2006/05/08

新規一転

色々あって 久しく更新していなかったが、気持ちを入れ替えてまめにやっていこうと決心しました。
ついでに、どうも画面のデザインがきにいらなかったので変えてみることにした。
それでもいまひとつなんだけど・・・・ 

独立して三年目に突入した。よくやってこれたものだと思う。正直なところ独立したての頃は、ある程度やる事が見えていた。そろそろネタも尽きて今やっていることは、独立後に開拓した仕事でなにやら今年が正念場だという気持ちでいる。

そのせいかどうかはハッキリとは自分でもわからないが、町内会の行事・子供(会)の事・今年長男が入学した小学校の事・・・が妙に気になっているこの頃だ。要するに事務所にじっとしていられない気分だ。

とにかく、これから一年やっていければ、つぎの年がやってくるということだ。
2006/05/11

玄関

なんとなく、あるいは、色々な理由から仕方がなく住宅の玄関ドアは既製品を使ってしまう。しかもその殆どが外に開く。こんなことを考える自分がおかしいのかもしれないが、内側に開いてはいけないのだろうか。

確かに、たいがいの玄関は庇がチョット付いただけなので雨仕舞の問題があるのかも知れない。リッパな先生方からすれば、非難方向に開くものだということになるだろうが、内側に開いたほうが、なんだか やさしい ような気がする。

映画で見る玄関も結構内側に開くし、「いらっしゃいませ」が似合うのは内側だと思う。

・・・・・引き戸にすればいいのか。
2006/05/12

ナナカマド

今朝初めて気が付いた。庭のナナカマドに花のつぼみが付いていた。
これも、この家に来た年に植えたものだから、六年目にして初めて花が咲くことになる。
六年というとかなり長い年月だが、自分としてはあまり実感が無い。気持ちのゆとりが足りないのかもしれない。

こうして長年手をかけてきたものが(といってもたいしたことはしていないが)それなりに成長してくるとうれしいものだ。nanakamado.jpg

2006/05/13

着工

今新築の住宅の工事が進んでいる。今日は基礎のコンクリートを打設する予定だ。
(この写真は数日前のもの)zgyo.jpg

工期は約一ヶ月?
二坪の風除室が付属する延べ22坪の住宅だ。
東京時代は敷地の形で建物のプロポーションが決まってしまうような仕事をたくさんやってきた。
ただ、今回は70坪以上の立派な敷地だが、久しぶりの小住宅だ。

何を隠そう、今でもボクのなかでの最高の建築は、吉村順三先生の「軽井沢の山荘」だ。
(勝手に載せていいものかわからないが、知らない方にぜひ見てもらいたのでこのアドレスを参考にしてください。もし何かに触れるようでしたらゴメンナサイ)http://mirutake.fc2web.com/05/104yosimura/yosimura.htm
(リンクを張っていません。コピー&ペーストでどうぞ)
ミーハーにも1階のテラスで記念写真を撮らせてもらった過去がある。

考えてみれば、東孝光「塔の家」、安藤忠雄「住吉の長屋」、篠原一男「からかさの家」・・・
数え切れない程の、貴重な小住宅がある。
設計という思いが凝縮されるから、完成度の高いものには強烈なインパクトがある。

どんどん小住宅に挑戦していきたい。
2006/05/13

Music

ミニマルミュージック
アンビエントミュージック
アメリカ実験音楽
セリー派
トーンクラスター
十二音音楽




どれかひとつでもお解かりの方はいらっしゃるだろうか。

一口で言ってしまえば「現代音楽」なんです。

これがまた たまらなく好きなんです。

でも不思議ですよね、なんで「現代音楽」って呼ぶんでしょうか。そもそもなんで「クラッシック」っていうんでしょうか。
どこに境界線があるのかよくわかりません。
もっともボクにも最初にあげた音楽の種類については、詳しくはわからないしキチンと説明もできません。
ただ好きなんです。何気なく、?試聴・購入?という繰り返しの結果、自分のコレクションがそうゆう部類にはいっていただけなんです。

「理詰めのおもしろさと理屈ぬきの美しさ」と評している本をみたことがありますが、うまい表現だと思います。
確かに、イキナリ聞いてしまえば、親しみにくくて、わけがわからないといわれます。
聞き方があるんです。
ボクの言っている事が、気になる方はいませんか?
扉の向こう側を知ってみたい方はいませんか。

音が何も鳴らない音楽
ただただ、たいこがトントンとだけ何時間も鳴っている音楽
ハウリングだらけの音楽
顔笛コーラス



また今日も、絵画を鑑賞しているかのようにCDから流れる音を見ています。

ちなみに 坂本龍一にも、すばらしいミニマルな作品がありますよ。
テレサ テン の広東語の歌 ずっしりと重いものがあります。

以上も、ボクのコレクションの一部です。

 
2006/05/15

リホーム

今日、午前中、リホームの打ち合わせに行ってきた。
リホーム難しさのひとつに、施主の先入観というハードルがある。
中途半端に現在の建物を再利用するものだから、施主は今の生活をベースに試行錯誤する。
ボクとしては、方位・接道状況・隣接敷地・建物から、いろいろ判断して提案しているつもりなのだが・・・
うまくかみあわない ボクの話術の未熟さのせいか?

もうひとつ、何やら、大工さんの影が見え隠れしている。
図板程度の図面と一式見積で攻め込んできているようだ。
自分の存在をボクに知られたくないようだ。

こうなれば、お客さんの為にも、ボクは後に引くわけにはいかない。正々堂々と出来ない理由が存在するハズ。

なんとしても最後には出来栄えに満足してもらいたい。
あと少しで着工しなければいけない(施主の意向)
やるぞ?。仕切直し。
2006/05/15

建築と音楽

ボクの「現代音楽」(みたいなものも含めて)への傾倒は、実は、建築に関係がある。

二十代のころは、仕事が休みだったりすると、必ず、雑誌に載っていた建築を見にいったり、美術館へ通ったり、アート展に足をはこんだものだ。
住宅を見に行ったりすると、住人から「中も観ていいですよ」と声をかけられる程だったので、かなりものほしそうだったのかも。

その中で、特に現代アート系の展示にいったりすると、なにやら不思議な音楽が流れていたりした。
今となっては、どれがどれだったかはもう覚えていないが、たぶん、ブライアン イーノとかギャビン ブライアーズ系・・、いわゆるアンビエントミュージック。

空間を表現したり、インテリアとして・・「現代音楽」系が似合うような気がする。
そういえば、おそらく知っている人も多いと思うが、エリック  サティーは「家具の音楽」と表現することもある。

ボクの住宅の内覧会でも必ず音楽を流している。
気が付かなかったひとがいるとすれば、それはボクの術にハマッている。
2006/05/16

やさい

今朝早く、昨日買って来た野菜の苗を植えた。
ナスとピーマン 二本ずつhatake2.jpg
キュウリ 二本
hatake4.jpg
ミニトマト 三本hatake1.jpg
前に植えておいたエンドウ豆の芽が出てきた。
hatake3.jpg
植え終わった頃に、五歳の長女が外に出てきて

「あ? 植えてくれたんだ。ア・リ・ガ・ト」

どういたしまして。

あと、ハツカダイコンなんかも植えようかな
葉菜はなにがいいかな?

なにせ、ネコのヒタイのような畑なもので、大きくなるものはだめなんです。
2006/05/16

初夏の渓

今日、午前中、A社のS氏と花輪方面に現地調査に行って来た。
計画地の詳細な調査もさることながら、近隣状況も把握して、これからプレゼンテーションをする為の、大事な調査だ。

キチンと仕事を終えて(?)帰りがてら昼食をとったが・・・

あまりの晴天と、心地よいそよ風にさそわれて、車は山の方に向かっていた。

そこには初夏の渓があった。kei4.jpg
実は、Fry Fising という共通の趣味がある。kei2.jpg
今年は、二人共まだ釣りをしていない。
kei3.jpg
道具積んどけばよかった・・・・・ つりて?
kei1.jpg

マイナスイオンシャワーをいっぱいあびたし
・・・まあいいか
思いもよらず、リフレッシュしてしまった。kei5.jpg

kei6.jpg

2006/05/17

無題

我輩は親バカである。

唐突ではあるが、自分でもビックリするほどなので、口にしてみた。

我輩は37歳という遅い結婚後、長男が生まれた時、何かが変わった。
ウザイだけだったのに、他人の子までカワイクなった。

大袈裟だが、ヒトのために生きる快感を謳歌している。
2006/05/18

ミニマルミュージック

ミニマリズムとは、装飾的な要素を最小限に切り詰め、シンプルなフォルムを特徴としている。

ミニマル・ミュージック(Minimal Music)は、音の動きを最小限に抑え、パターン化された音型を反復させる音楽。微細な変化を聞き取るのが目的であり、全体的な視点から見れば決して無駄な反復ではなく、音楽は徐々に展開している。

? 以上 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ようするに、日常的に自分たちの身の周りにある現象。

ピクニックに行った時のチョロチョロ流れる清流の音や、枯葉をさする風の音、夕方の田んぼから聞こえてくる、ケロケロ、ゲコゲコの大合唱に、やすらぎやメロディーを感じませんか?

常に聞こえているのに、同じ瞬間が二度と無い。
それが、いいんです。

・・・・あー 飲みすぎた。
2006/05/19

とりとめのない話

住宅をとりまく業界は、めまぐるしいスピードで日々進歩している。売り手側は、一はやく察知して、それを武器に商戦をしかける。
 
 ボクは、たったひとりで仕事をしているので、そういったことを取り入れるのは、いとも簡単な環境にいると思っている。
だが、おいそれとは、簡単に手を出す気にはなれない。
その結果、大切なものを失ってしまっていることに気が付いていない人が多すぎるような気がしてならないからだ。

内覧会で「どうゆう工法ですか?」と聞かれると、正直なところガッカリしてしまう。ハッキリ言って、どんな工法でも、完成後の生活を左右することは、まずナイ。
しいてあるとすれば、施工精度の問題だと思う。
(事務所の柱時計)
tpkei.jpg
逆に「何とか工法」を売りに、住宅を販売している業者には、いろんなリスクが付いている(と思う)。
規格の関係で、矩計が固定されてしまったり、使える材料が制限されていたりだ。

一昔前の流行の、K値やQ値を一所懸命に語っている連中の住宅が洞穴のような外観だったりする。
数字と住みやすさとは次元が違うハズなのに。

住宅の善し悪しは、極論で言ってしまえば、そこに棲まう本人の満足度が全てだ。
だが、それを言ってしまえば、ボクらのような仕事の意義がなくなってしまう。

自己評価の基準は、いかに住み手の満足感を引き出しているかのように見せかけて、その地域に根ざした建築を完成させるか、廻りの自然環境にマッチさせているか、通りすがりの人々に快く受け入れられる街並みを形成させているか、ということだ。

必要であれば、あえて暖かさなんか追求しない。
必要であれば、自尊心の強いお父さんを無視して質素な床の間にしてやる。
必要であれば、マッチ箱のような小さな住宅に住まわせる。

 要するに、プライバシーもへったくれもない、あいつに家族や家庭のことを、みんな暴かれて、「すっぱだかにされてしまった」と、思っている方・・・

・・・いい家に住んでますよ。
2006/05/20

おしらせ

ボクの言っている音楽の雰囲気がつかめない方のために、遊びに行っているところを紹介します。
(インターネット業界は良くわからないので、リンクは貼っていません。コピー・ペーストで)
試聴もできたりします。
 
 ?アーティスト?

スティーブ ライヒ:http://www.stevereich.com/
 
テリー ライリー:http://www.terryriley.com/

フィリップ グラス:http://www.glasspages.org/

マイケル ナイマン:http://www.michaelnyman.com/

ラ モンテ ヤング:http://melafoundation.org/lmy.htm

グレン ブランカ:http://www.glennbranca.com/

ギャビン ブライヤーズ:http://www.gavinbryars.com/

モートン フェルドマン:http://www.cnvill.demon.co.uk/mfhome.htm

ブライアン イーノ:http://music.hyperreal.org/artists/brian_eno/


 ?レーベル?

ECM:http://www.ecmrecords.com/Startseite/startseite.php

newalbion:http://www.newalbion.com/

nonesuch:http://www.nonesuch.com/main.html

virginrecords:http://www.virginrecords.com/

decca:http://www.deccaclassics.com/

BMG:http://classical-music.com/index.html

EMI:http://www.emiclassics.com/phpNewSite/home.html

とりあえずは、こんなところで。
2006/05/20

とりとめのない話2

住宅の設計で、一番、思考錯誤していることとは何だと思われるだろうか。

 配置、プラン(間取)、外観 ・・・

そういったことは、実は直感ですぐ完成してしまう。
直感が沸かなければ、時間を変え、季節を変え、何度でも現場に行く。
机上でやっているその手の作業は、流れ作業と言っていい。

 色・材質・材料の選択 ・・・

たいしたことではない。いろんな作業の過程で思いつく。

実は、建具、家具のことだ。

開口部の、材質、機能、性能、大きさ、取付位置、 非常に悩む。
家具も同様だ。

やりすぎは自己満足に終わってしまう。しかし、建築の要素の中で一番重要なのは、この二つだと思っている。
(朝4時の事務所前)
asa.jpg
昨今、両方共、既製品があふれている。規格寸法というものまである。
大量生産され、廉価で手に入れられる。だが、どれをとってもみな同じ。そうゆうものに頼っているようでは、ひとつのハードルは越えられない。

「こんなに考えたのに、当社の住宅は何がちがうんだろう?」

そこです。

ユーザーのみなさん。
家具・建具に入れ込む設計屋さんの選択が正解です。
まじめに勉強しているということです。
2006/05/21

手這坂

テハイザカ

先日、ある方のブログを拝見してムショウに気になって行ってきてしまった。
tehai3.jpg
いわれる通り、急な谷底の平地にひっそりっとあった。
なんともさびしげにあった。
tehai1.jpg
いかにもなつかしいというような小路でつながれた茅葺屋根の集落があった。tehai2.jpg
ただ、この集落が、なにか違うような方向に発展しているかのような感覚がした。

なんとなくコメントしたくなくなった。

せめて、犬小屋のような表札はやめてほしい。
2006/05/24

ナナカマド 2

先日のナナカマドが咲いていた。
nana1.jpg
あの真っ赤な実のイメージしかなかったので、少し新鮮だ。
よく観ていたのだろうが、もともと地味な花だったようで気にもとめていなかったようだ。
それにしても、なんともきれいな白だ。
その足元には、「かおりアヤメ」?のつぼみが待機していた。nana2.jpg

2006/05/25

神経衰弱

トランプのゲームの話。
最近、五才の長女がはまっている。
なぜかボクは必ず負ける。
本気をだしても全戦全敗。
2006/05/26

カブトムシ

昨年の10月頃、ある倉庫の解体現場から連絡があった。
長男のカブトムシ熱を知っていた知り合いからだった。
さっそく大きな容器とスコップをもってもらってきたものがこれだ。
kabuto.jpg

ボクが子供のころは、宝物のような存在だったが、今は複雑な心境だ。ざっと80匹はいるはずだ。
夏になって、サナギになって・・・・
管理方法がいまいちよくわからないが、息子のためにも慎重にやっていこうと思う。
どなたかポイントを伝授願いたい。
立派な成虫が誕生した暁には、また報告したいと思う。
2006/05/27

美園町住宅

現在の美園町住宅
52703.jpg

断熱材の施工中
断熱材の材質・施工方法・・・・いろいろと議論が尽きない。
ハッキリいってうんざりしてしまう。
理論合戦をしてもしょうがないと思っている。
建材・ハウスメーカーの営業トークに踊らされて右往左往しているほうが、見苦しい。
要は、丁寧に施工することだ。
自分の家だと思って考えることだ。(なんともプロらしくない発言)
52701.jpg

52702.jpg

数字が快適さの指数ではない。
理論が全てではないし、
ましてや、理論だけでは、家は建たない。
2006/05/28

雨空

日曜日だというのに今日は結構予定がある。
その為に、昨日は子供との時間に使った。
午前中は、リホームの打ち合わせ。
午後からは、藤里町の小一男児の事件を受けての緊急集会の傍聴にいってきた。
同じ小一男児の父親として、複雑な心境だ。

スクールガード・・・
秋田県・・・会
・・・・委員会
・・・・・・ムニャムニャ

だれがどれでなにするひと?

例によって、社会性の乏しいボクは、話の戸口で迷子になってしまった。

ただ、実際の現場で活動している方々はほとんどがボランティアだということがよくわかった。
しかも直接自分の親族や子供が関係していなくても熱心に活動してる方もいるようだ。
ボクの子供たちはまさに、対象者であり、ボクには自分の子供たちに対しての責任がある。
アンテナを伸ばし、出来うる範囲で行動していこうと思う。
2006/05/29

あやめ

午後3時、とうとう雨が降ってきた。
朝から重苦しい空模様だったので、とうとうきたなという感じだ。

息抜きにちょっと玄関先にいってみると
あやめに露がついていた。
特に香りの強い品種らしく、気候によってはかなりの広範囲まで香りが漂う。
結構気に入っている。ayame.jpg
気に入っているといえば、子供の頃からだが、夕方の雨がなんとなく好きだ。
なぜかいろんな記憶がある。
おかしな話だが、これに遠くで鳴るカミナリの音があると格別だ。
なんなんだろう。
2006/05/30

子供部屋と家について思う

ボクの家には子供部屋というものが無い。
子供がいないわけではなく、三人もいる。
なぜ子供のために部屋をつくらなかったのかと聞かれると、これもまたうまい返事ができない。
ただ、家というものに対してのボクの漠然とした感覚がはたらいてしまったのかもしれない。

野生の動物たちは、殆どが巣をつくる。
なんのためにつくるのか・・・
自分たちの子供のためではないだろうか。
そして必ず皆で寄り添っている。

家族がひとつの屋根の下で、あーでもない こーでもない と  イチャイチャするところが家だ。
ただ、そうゆう場合ではない時もある。
トイレはドアで仕切ったし、何ぞのために居間にフスマが現れて一時的に仕切れるようにした。
他は思いうかばなかったので、子供部屋が無くなった。

我が家にも一応寝室というものがひとつだけある。
が、この家に住んでから一度もドアを閉めた記憶がない。
開きっぱなしのドアの前には物が置かれて閉められない状態になっている。
そこに5人で「川の字」になって寝ているが、一晩で何文字出来たかなんて数え切れないし朝には順番、天地さえ違うこともある。

少なくとも、家族のためにつくる家は、家族的な家であるべきだ。
家族的な家とは、家の隅々の気配が常に感じられるようなオープンな家、ワンルーム的な家。
少なくとも居間には戸が無いほうがよい。