2006/05/30

子供部屋と家について思う

ボクの家には子供部屋というものが無い。
子供がいないわけではなく、三人もいる。
なぜ子供のために部屋をつくらなかったのかと聞かれると、これもまたうまい返事ができない。
ただ、家というものに対してのボクの漠然とした感覚がはたらいてしまったのかもしれない。

野生の動物たちは、殆どが巣をつくる。
なんのためにつくるのか・・・
自分たちの子供のためではないだろうか。
そして必ず皆で寄り添っている。

家族がひとつの屋根の下で、あーでもない こーでもない と  イチャイチャするところが家だ。
ただ、そうゆう場合ではない時もある。
トイレはドアで仕切ったし、何ぞのために居間にフスマが現れて一時的に仕切れるようにした。
他は思いうかばなかったので、子供部屋が無くなった。

我が家にも一応寝室というものがひとつだけある。
が、この家に住んでから一度もドアを閉めた記憶がない。
開きっぱなしのドアの前には物が置かれて閉められない状態になっている。
そこに5人で「川の字」になって寝ているが、一晩で何文字出来たかなんて数え切れないし朝には順番、天地さえ違うこともある。

少なくとも、家族のためにつくる家は、家族的な家であるべきだ。
家族的な家とは、家の隅々の気配が常に感じられるようなオープンな家、ワンルーム的な家。
少なくとも居間には戸が無いほうがよい。
2006/05/30

低さのすすめ

よく天井の高さの話題がでる。
今では、一般のユーザーでさえ2m40?という数字を記憶しているひとがいる。
何の数字かというと、工業化された住宅の天井の高さだ。
日本全国、津々浦々、○○ハウス・○○ホームの住宅の天井高さだ。ちょっと数字を変えて「天井の高い家・・・育つ」というコマーシャルがつくれる程統一されている。

古い家を見てやすらぎや威厳を感じたりする要素に高さが大きく影響している。
夕立にちょっと雨宿りする軒先はすぐ頭の上にあるほうがうれしい。
チャペルのステンドグラスは天を仰ぐほど高い位置にあるほうが荘厳さを感じる。

トイレの天井が見上げれば口が開いてしまうほど高かったら、落ち着いて用をたしていられないし、ホームパーティーをする為のゲストルームの天井が低かったら息苦しくていられない。

天井の高さの設定も平面を考えるように設計の要素だということだ。
住宅の天井は2.4mで、事務所の天井は2.6mだと決めてかかるということは、すでに設計という行為を放棄していることに等しい。
その部屋の平面の広さと要素によって決められるものだと思う。

ボクの持論としては、「家族的な家」の天井や軒先は低めのほうがいいと思う。
軒先が低いと建物の表情がやさしくなるし、招きいれてくれるような感じを演出できる。
天井を低めにすると、くつろいでいるときの距離感がなんとなくよい。

ともあれ、全てはメリハリとバランスなので一概には決められないのが現実だ。

ちなみに、我が家は4.8mの吹き抜けを持つ居間以外は全て2.1m。快適だと思っている。しいて言えば、廊下が無いのがポイントかもしれない。